宮崎県東臼杵郡椎葉村の伝説。結ばれても引き裂かれる切ない恋物語の鶴富伝説。

なおチャンネル管理人のなお丸🤗です。今回は、ちょこっと悲しくも切ない恋物語の村をご紹介します。

この話は、宮崎県の山間部にある椎葉村に残る伝説です。椎葉村は宮崎県北西部、九州山地の中央に位置し、総面積537.29km2と広大で、その96%を山林が占め、地形は1,000mを越える峻険な九州山脈に抱かれ傾斜地が多く、集落はその山間に点在している自然豊かな中山間の村です。

平家と源氏の物語

時は平安時代、藤原氏の貴族に代わり、武士が存在感を増してきました。「源氏」も「平氏」も武士のグループで、源(みなもと)の姓を名乗る一族が源氏、平(たいら)の姓を名乗る一族が平氏です。源氏は東国に、平氏は西国に権力を広げて、二代派閥ができた時代がありました。

この両家の長で、源頼朝と平清盛は仲良く共闘する事もありましたが、最終的にバチバチケンカして源頼朝が鎌倉幕府を開いたのは史実に残る有名な話ですよね

なお丸🤗
なお丸🤗

社会の授業で出てきたと思いますが。そんな時代の伝説が、椎葉村に残ってるそうです。

壇ノ浦の戦い、平家滅亡へ

壇ノ浦の戦い(山口県下関市)で源頼朝が勝利し、鎌倉幕府を開いた頼朝。平家の再建をさせまいと平家追討に力を入れる事となった訳ですが、平家の人々は追討を恐れて九州の山間部(各地)へ逃げ隠れ、椎葉村にも逃げ隠れたそうです。幕府に、この情報が入り平家追討の命令を「扇の的射」で知られる那須与一に与えたが、那須与一は病のため、替わってその弟の那須大八郎に追討を命じ、日向の国(椎葉村)に向かわせた。

なお丸🤗
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今の時代ではなく、平安時代に平家落人をよく見つけたなと思うぐらい山間部です。この地に逃げたのを見つけた事もすごい思いと思いました。

那須大八郎が目にした光景は。。。

こうして椎葉に向かった那須大八郎、険しい道を越え、やっとのことで隠れ住んでいた落人を発見。
そこで、目にした光景は、ひっそりと農耕をやりながら暮らす平家一門の姿。那須大八郎は、哀れに思い追討を断念。幕府には追討を果たした旨を報告したそうです。

なお丸🤗
なお丸🤗

幕府(頼朝)に嘘をつくほど、哀れに思ったんですね。

大八郎、幕府に帰らず住んじゃった。

よほど、哀れに思ったんでしょうか那須大八郎はこの地に家を建てて農業を教えて、この場所に住む事を決意しちゃったんですね。

なお丸🤗
なお丸🤗

階層の厳しい武士の世界に大胆な事をしたもんですね。

会社同僚の撮影

平家落人の為に

那須大八郎宗久は 平家残党のために、平家の崇拝する安芸の宮島、厳島神社の守護神を勧請したそうです。伝説によれば、創建は1204年頃。

こんな事、幕府に知れたら、絶対処刑されるでしょうに。。。

なお丸🤗
なお丸🤗

大八郎の人柄が、なんとなく伝わります。

旅館 鶴富屋敷HPより

恋をしてしまった那須大八郎

幕府の命令に嘘の報告して、帰らず住んじゃった那須大八郎。この地で恋をします。

源氏と平家、犬猿の中で戦までした間柄。源氏側の那須大八郎が、落人とはいえ平清盛の未裔と言われる鶴富姫します。

なお丸🤗
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もしかしたら、鶴富姫に一目惚れして追討やめたかもしれませんね。

非情にも「帰京命令」

二人の恋は、終わる事なく結ばれて子供を授かります。約3年程経った頃、源氏側の那須大八郎に「軍を連れて帰京せよ」と命令が下ります。なんとも非情ですが、幕府はこの事知らないですからね。。。。

なお丸🤗
なお丸🤗

幕府に逆らうと、この地の落人が危ない、愛する鶴富姫が危ないと思ったんでしょうか。大八郎は帰京をするんですね。

大八郎は鶴富姫に「生まれてくる子が男なら私の故郷へ、女の子ならこの地で育てるがよい」と言い残し、刀(あまくにの太刀)と系図を渡し椎葉村を後にします。そして産まれきたのが女の子。

言われた通り、椎葉村で育てた。

母となった鶴富姫はその子を大切に育て、その子が成長すると婿(むこ)を取りました。そして、愛してやまない那須大八郎の「那須」の姓を名乗らせたといいます。

なお丸🤗
なお丸🤗

なんとも切ない話しです。

大八郎と鶴富姫が住んでたとされる場所「那須家住宅」鶴富屋敷と言われています。

鶴富姫は実際、この家には住んでなくこの家は建築技術から約300年と言われています。「那須家住宅」で二人の悲恋の舞台の場所と伝承されています。

同僚撮影
HP旅館 鶴富屋敷より
同僚撮影
同僚撮影

この「那須家住宅」は、昭和31年国の重要文化財に指定されてる。貴重な文化財産です。

なお丸🤗
なお丸🤗

この話は、ちょっと複雑で寂しくなります。

椎葉村は自然に溢れる村

秘境と呼ばれる椎葉村は、先祖代々から、神楽や民謡などが脈々と受け継がれ、伝統文化の発祥の地と呼ばれています。また、九州山地のほぼ中央に位置している当村は、四季折々の雄大な大自然に囲まれ、ここに住む誰もが、まさしく、スローライフ、スローフードを楽しみながら生活しています。※椎葉村長の言葉より2022.01.20確認

鶴富屋敷(アクセス)

営業期間公開:9:00~17:00
休業:なし
所在地〒883-1601  宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良1818番地 

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