こんにちは、なおチャンネル管理人のなお丸です🤗
当ブログ「すきっちゃみやざき」では、宮崎の神話の足跡を追いかけてきました。
すべての神様の始まりである「江田神社」、そして神様が地上に降り立った「天孫降臨」。その壮大な神話の世界から、私たちの生きる現世(人間の世界)の歴史」がスタートするターニングポイントとなるのが、今回ご紹介する「宮崎神宮」です。
【江田神社】や天孫降臨【高千穂神社】の記事をまだ読んでいない方は、ぜひこちらの神話の繋がりから読んでみてくださ
江田神社から宮崎神宮へ!神話から現世へ繋がる歴史のバトン
古事記において、宮崎神宮に祀られている「神武天皇(初代天皇)」は、天孫降臨されたニニギノミコトのひ孫にあたります。

この家系図を見たとき、なお丸も「なるほど、ここで神様の世界から人間の世界へと歴史が繋がっていくんだ!」と鳥肌が立ちました。神様の血を引き継ぎながらも、現世の最初のリーダーとして国を治めた神武天皇の原点が、この宮崎神宮にあります。
宮崎神宮の御由緒と創建の歴史
では、なぜこの場所に宮崎神宮が建てられたのでしょうか?そこには、神武天皇が宮崎で過ごされた年月とお孫さんによる深い崇敬の歴史があります。
宮崎神宮の御祭神
宮崎神宮には、主祭神として第一代・神武天皇が祀られており、ご両親である父君の「鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)」、母君の「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」も一緒に相殿神として祀られています。

神門には、このように御祭神のお名前が並んで厳かに掲げられています。中央に「宮崎神宮」、右側に「神武天皇」、そして左側に「鵜葺草葺不合尊・玉依姫命」の文字がしっかりと刻まれているのが分かりますね。

神武天皇だけでなく、大切に育ててくれたご両親も一緒に並んで祀られているお姿を見ると、なんだか心がじんわり温かくなりますよね。
天皇とそのご両親が揃って祀られていることから、古くから「家内安全」や「夫婦円満」、「安産・子宝」にとても強いご利益がある神社としても篤く信仰されています。。
実は宮崎生まれ!若き神武天皇が政治を行った「皇宮屋(こうぐや)」
初代天皇という雲の上の存在ですが、実は神武天皇はここ「宮崎(日向国)」で生まれ育ち、青年期までをこの地で過ごされました。天皇は15歳の時に皇太子に即位され、大和(奈良)へ旅立つ45歳までの30年間、この宮崎神宮のすぐ近く(現在の皇宮神社がある小高い丘)に「皇宮屋」と呼ばれる宮を営み、日向国の政治を行っていました。まさに人生で一番エネルギッシュだった30年間を過ごした原点の場所がここなのです。
孫の「健磐龍命(タケイワタツノミコト)」による創祀
神武天皇が大和(奈良)へ向けて旅立った後、九州の長官として宮崎に赴任してきたのが、天皇のお孫さんにあたる健磐龍命(タケイワタツノミコト)です。
健磐龍命は、「この地は、私の祖父(神武天皇)が若き日に国を治め、東遷への大いなる計画を練られた、日本の歴史の出発点である神聖な場所だ」として、祖父の偉大な功績と遺徳を永遠にたたえるために、皇居の跡地に社殿を建てて神霊をお祀りしました。これが、いまの宮崎神宮の始まり(創建)と伝えられています。

知れば知るほど魅力的!初代・神武天皇の偉大な功績
初代天皇という雲の上の存在ですが、実は神武天皇は「宮崎(日向国)」で生まれ育ち、青年期までをこの地で過ごされました。古事記や歴史を紐解くと、非常に情に厚く、リーダーシップに満ちた「人間味あふれる人柄」の持ち主です。
1. 宮崎から奈良へ!国を豊かにするための大冒険(神武東遷)
神武天皇の最大の功績は、宮崎の地から旅立ち、困難を乗り越えて大和(奈良)の地で日本を建国したことです。
当時の日本はまだバラバラで、人々が安心して暮らせる国ではありませんでした。神武天皇は「東の方に、国を治めるのに素晴らしい土地がある。そこへ行って、みんなが平和に暮らせる豊かな国を作ろう!」と一大決心をし、軍を率いて宮崎を出発しました。これが歴史的な大冒険「神武東遷(とうせん)」の始まりです。
その旅路は決して平坦ではありませんでした。嵐に巻き込まれたり、強力な敵の抵抗に遭ったり、山の険しい道で軍が動けなくなったりと、何度も全滅の危機に瀕します。
2.天からの奇跡!道案内の神様「八咫烏(ヤタガラス)」との出会い
特に最大の試練だったのが、和歌山県の熊野から奈良の大和へと向かう、険しい山越えのルートでした。道がまったく分からず、険しい崖や山の中で軍全体が完全に迷い込んでしまい、一歩も前に進めなくなってしまったのです。
この絶体絶命のピンチのとき、天上の最高神であるアマテラスオオミカミが「愛する子孫の旅路を助けよ」と、天から特別な使者を遣わしました。それが、3本足の大きなカラス「八咫烏(ヤタガラス)」です。

高千穂で隠れた神様だね。光(未来)を導く

ロマンを感じる神話だね。それが宮崎って
真っ暗な山道の中に突如現れた八咫烏は、神武天皇の先頭に立って飛び、安全なルートを指し示しながら、大和の橿原(かしハら)まで見事に軍を先導しました。この伝説から、八咫烏は現代でも「人々を勝利や成功、正しい道へと導く神様」として広く信仰されています(日本サッカー協会のシンボルマークになっているのもこれが理由です!)。
3. 「現世(人間の世界)」を切り開いたリーダーの原点が宮崎に
八咫烏(ヤタガラス)」という3本足の大きなカラスに導かれながら、ついに大和の地を平定した神武天皇は、橿原(かしはら)の宮で第一代の天皇陛下として即位されました。

神様としての強さを持ちながらも、人間のように悩み、仲間と力を合わせて日本の国を創り上げた神武天皇。そんな現世の始まりのヒーローが、若き日を過ごし、大冒険へと旅立った原点の場所が、まさにこの宮崎神宮なんです。そう考えると、参拝するときのワクワク感が全然違ってきませんか?
冒険の旅はここから始まった!境内に展示される巨大な船「おきよ丸」
神武天皇が「豊かな国を作るぞ!」と決意し、宮崎の美々津(みみつ)の海岸から大和へと出航したときに使われたとされているのが、伝説の軍船「おきよ丸」です。
なんと宮崎神宮の広い境内には、この神武東遷の歴史を元に再現された、実物大の巨大な「おきよ丸」が堂々と展示されています。


この様子を再現した祭りが、あの神武大祭!

宮崎最大の祭りですよね。
秋の「宮崎神宮大祭(神武さま)」のパレードでは、実際にこのおきよ丸が街を練り歩く主役になりますが、普段の参拝時にも間近でじっくり見ることができます。先ほどご紹介した神武天皇の命がけの大冒険や、仲間たちとの絆のストーリーを知った後にこのおきよ丸を眺めると、「本当にここから日本の歴史が始まったんだ…!」と、何千年も前のロマンが肌でビシビシと伝わってきますよ。

ただ大きな船が置いてあるだけじゃなくて、神武天皇の挑戦のシンボルだと思うと、見ごたえが何倍にもなりますよね!ちなみに、なお丸自身も子供の頃からこの境内で七五三や厄除けをしていただき、家族みんなでずっとお世話になってきた大好きな場所なんです。
【お出かけ前にチェック】普段の参拝で使える無料駐車場とアクセス
宮崎神宮へ歴史ロマンを感じに訪れる方(特に県外からの観光客の皆様)に向けて、普段の参拝で一番便利なアクセス方法をまとめました。
車でお越しなら「西神苑(せいしんえん)無料駐車場」が一番おすすめ
神宮の西側にある「西神苑駐車場」は、広くて無料で利用できるため一番便利です。年末年始のときは、満車になる事あるかもしれないが、基本的に広い駐車場なので停めやすいです。
公共交通機関でのアクセスも抜群です。宮崎交通のバスで「宮崎神宮」バス停下車すぐ、またはJR宮崎神宮駅から徒歩圏内となっています。宮崎神宮前を経由していくバスの路線は多いです。ただ、近くには高校や住宅街もあるので朝夕が若干のラッシュになることあります。
すきっちゃみやざき 

