日向夏の歴史は、今から200年以上前の1820年(文政年間)まで遡ります 。
現在の宮崎市赤江地域(長嶺)にある、真方安太郎さんという一般の邸宅の庭で、たった1本、見慣れない自生植物が発見されたのがすべての始まりです 。誰かが種を植えたわけでもなく、自然の突然変異によって偶然その庭に根づいたその木は、やがて黄色い上品な実をつけました 。これが、世界にたった1本しか存在しなかった日向夏の「初代原木」です 。
この原木は大変貴重なものとして、後に国の天然記念物にも指定され、大正から昭和にかけて大切に守り続けられました。宮崎の風土が偶然生み出したこの1本の木が、のちに全国へと広がっていくことになります

日向夏を調べてたら知らないこと沢山あったよ。

めちゃくちゃ気になります。
「日向夏」の命名と全国への旅立ち
発見当初は「こなつ」などと呼ばれていましたが、明治時代になって大きな転機を迎えます。柑橘研究家の手によって、宮崎の旧国名である「日向国(ひゅうがのくに)」にちなんで、正式に「日向夏(ひゅうがなつ)」と命名されました。
その爽やかな美味しさはたちまち評判となり、苗木が宮崎から全国各地へと配られていくことになります。
宮崎の小さな庭からスタートした1本の木が、ついに「日向」の名を背負って全国へ旅立ちました。
名前を変えて各地の看板フルーツへ
特に有名なのが高知県と静岡県です。
- 高知へ渡った苗木は「土佐小夏(ニューサマーオレンジ)」
- 静岡へ渡った苗木は「ニューサマーオレンジ」として、それぞれの土地を代表する看板フルーツへと成長していったのです 。
呼び名やブランドは地域ごとに変わりましたが、ルーツを辿ればすべて宮崎のあの庭から始まった同じ果実です 。名前を変えて日本中で愛されている事実こそが、元祖である日向夏が持つ何よりのロマンと言えます。

そんなルーツがあるなんて、日向夏は元祖なんですね。

それぞれの土地で品種改良されてるだろうけど、宮崎が元祖とも言えるね

本家・宮崎の日向夏をお取り寄せ
高知や静岡など全国で形を変えて愛される日向夏ですが、やはり一度は味わっていただきたいのが、全ての始まりである本家本元・宮崎の「元祖」の味です。
日向夏は、リンゴのように黄色い外皮を薄く剥き、ふかふかとした「白い皮(アルベド)」をあえて厚く残して果肉と一緒に食べるのが、最もスマートで美味しい食べ方です。この白い皮のほんのりとした甘みと、果肉の爽やかな酸味が口の中で合わさる瞬間は、まさに本家ならではの贅沢です。
宮崎の豊かな「ひなた」の恵みと歴史のロマンが詰まった元祖・日向夏は、お取り寄せで全国どこからでも新鮮なまま楽しむことができます。
大切な方への贈り物や、ご自身への特別なご褒美に、ぜひ本場の味を選んでみてください。
すきっちゃみやざき 

